「脳はいかにして意図を理解するか?運動と前意図的要素の同定に関わる神経基盤」
ヒトが持つ能力の一つに相手の心を読み取るというものがあります。これは幼児期から思春期にかけて徐々に身についていくようなもののようですが、これには初級編と応用編があるように思われます。
初級編というのは単純に今目の前にいる相手が何をしようとしているのかを読み取るような能力ではないかと思います。
もうじき2歳になる自分の子供は私がかばんに弁当を詰めているとズルズルとコートを引っ張ってきてくれるようなことがありますが、条件反射でなければ「この人は今から外に出かけようとしている」という理解ができているのではないかと思います。つまり一対一の人間関係における心の理解、これが心の理解の初級編ではないかと思います。
では応用編が何かというとこれは端的に言えば空気を読むというような能力ではないかと思います。
例えばおもむろにアパートの中で父親が散らばった本を片付けはじめ母親が掃除機をかけ始めるというシチュエーションを見た時に、「ああ、これはお客さんが来るんだ」というふうに理解して自分もおかたつけできるかどうかというところなのですが、さすがに1歳11ヶ月では難しい。
この空気を読むというのはいわば「場」の方向性がどちらに向かって進んでいるのかを理解するような能力だと思うのですがこういった心の理解はより応用的で高度なものではないかと思います。
今日取り上げる論文によると、ヒトの脳には心の読み取りシステムのようなものがあるそうなのですが、その心読み取りシステムの中でも空気の読み取りに大事なある部分があることが述べられています。
【要旨】
本稿では意図の読み取りに関して示された経験的、理論的論拠について議論する。意図の読み取りには大きく3つの側面があると思われる。ひとつは意図の読み取りそのもので、もう一つは意図の性質、これは誰が何をしようとしているのかというもの、そしてもう一つはそれは何のための意図なのかという側面である。本稿ではこの3つの側面について理論的統合を試みる。
コメント
心の理解に際して大事な脳の領域として内側前頭前野と呼ばれるものがあり、これは添付の図の紫色のあたりのものなのですが
その中でも空気の読み取りというのは前の方のところが大事なのではないかということが述べられています。
30歳を回ってからは大分不都合もなくなってきたのですが、空気を読むというのはあまり上手ではなく(-_-;)
皆で集まるようなワイワイした席ではたいてい集まりの後ろ隅っこでおとなしく観客のように座っていることが多く
これは何も斜に構えているわけではなく、視点をおもいっきり後ろに引いて舞台と観客という二項関係に落としこんでなんとか理解しようとしているためで
舞台に上がって三項関係、四項関係の中で心を読み取りつつ適切に振る舞うというのが自分の情報処理能力を超えているというのが正直なところです(-_-;)
斜に構えているわけではありませんのでご理解の程よろしくお願いします(-_-;)
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