
脳と目と口と:私達の信念はどこにあるのか?
私達人間は他人の心を読む生き物です。
相手が何を考えているのか、何をしようとしているのかを、その言葉や目から読み解こうとする生き物です。
こういった心の読み取りは、とりわけ物を売ったり買ったりという場面で重要になるため、様々な方法で相手の隠れた心を読み解こうとするニューロマーケティングと呼ばれる研究領域があります。
このニューロマーケティングではしばしば機能的MRIを使って実験が行われるのですが、こういった実験は大掛かりで費用もかさむため、最近では眼の変化を捉えるアイトラッキングを用いた実験も増えてきています。
目は口ほどに物を言うという言葉もありますが、眼の変化というのは、本人も気づいていないような心の動きを反映することが知られているからです。
そのため視線や瞳孔の開き具合を追跡するアイトラッカーを使えば、私達がどこに目を向けているのか、どれくらい見続けているのかということを数値化して理解することができます。
【引用】INSIDER, 29 Eye-Tracking Heatmaps Reveal Where People Really Look
では、果たして脳は眼には現れきれない情報までを捉えることができるのでしょうか?
今回取り上げる論文は、私達が持つ「心の理論」をテーマに、機能的MRIとアイトラッキングの両方を使って調べたものになります。
心の理論
私達は普段、相手の心はきっとこうだろうと考えながら行動しています。
「これをいったら怒るかな」だとか、「こう言ったら信じてもらえるだろう」だとか、相手の心はきっとこうであろうという枠組みを持って、相手とコミュニケーションを取っています。
こういった相手の心を理解する上で枠組みは「心の理論」と呼ばれています。
この「心の理論」は、他人の視点から物事を見る必要があるため、生まれて直ぐにできるほど簡単ではなく、
ヒトにおいては、物心がつき始める三歳か四歳頃からしっかりしてくると考えられています。
神経生理学的には、ミラーニューロンシステムと呼ばれる脳領域が、この「心の理論」に関わっていると考えられています。
サリーとアン課題
こういった「心の理論」を調べるための有名なテストが、「サリーとアン課題」と呼ばれるものです。
これは
①サリーとアンが一緒に遊んでいます。
②サリーが自分のかごにビー玉を入れます。
③アンはサリーが部屋から出ていった後、ビー玉を自分の箱に移します。
④その後、サリーが部屋に戻ってきます。
⑤、さて、サリーがビー玉を探すのはどちらでしょう。
というものになります。
私達は、サリーはアンがビー玉を動かしたことを知らないので、最初に入れたかごの方を見るだろうと予測ができるのですが、
他者の視点を持つことができない自閉症児や2歳、3歳の子どもたちは、しばしばアンが隠した箱の方を見ると予測します。
私達が正しく予測できるのは、サリーはビー玉をかごに入れたという「信念」を持っているからだと想像できるからですが、
今回取り上げる論文は、このサリーとアン課題と似た方法で、他者の「信念」を推測している時の脳活動や眼の動きを調べています。
方法
・被検者は成人男女33名
・課題を行っている時の脳活動を機能的MRIで測定
・課題を行っている時の目の動きをアイトラッカーで測定
実験の流れ①【明示的心の理論】
・被験者に以下のようなストーリーを提示し、被験者の回答時の脳活動を調べる。
①ガルシアの家族は野球の試合を見に行きました。
②ゲームスコアが3対3の時に雨が降ってきたので、試合が中止になると思い、地下鉄で帰りました。
③しかしガルシアの家族が地下鉄で帰っている間に雨がやみ、試合は5対3で終わりました。
④ガルシアの家族が家に帰ってきた時、彼らは試合が5対3で終わったと信じている。→YES/NO
実験の流れ②【暗黙的心の理論】
・被験者には2条件で「サリーとアン課題」に類似した動画を提示する。
・一つは「誤信念」を被験者に植え付けるもの(添付図であれば、ボールは左側に隠されたと信じさせるもの)
・一つは「信念なし」で、「信念」を被験者に持たせないもの(添付図であれば、ボールの移動を見ていないもの)
・上記の図を見せた後、「信念テスト」を行う。
・下記の図のように、不在時にボールが右側に動かされた後に、主人公が帰ってくるのを見る。
・被験者の視線が左右どちらの箱に向いているかを測定することで、暗黙的な「心の理論」を調べる。
・また、この間に機能的MRIを用い、脳活動を調べる。
結果
結果①明示的心の理論の結果
・心の理論に関わる領域に高い活動が見られた。
結果②暗黙的心の理論の結果
・アイトラッキングによる視線の動きでは、誤信念条件と信念なし条件の間に有意差は見られなかった。
・それに対して、脳活動においては、誤信念条件では、信念なし条件よりも一部の領域で高い活動が見られた。
考察
・心の理論に関わる脳領域の活動増加が示された。
・暗黙的心の理論では、誤信念課題では、信念なし課題と比べて、右側頭頂接合部、右上側頭頂溝、楔前部、および左中前頭前回に高い活動を認めた。
・明示的心の理論と暗黙的心の理論では共通した脳領域の活動が引き起こされると考える。
私的考察
少し内容が込み入っていますが、この研究は暗黙的心の理論というものを調べたものになります。
普段の生活でも無意識の内に場の雰囲気を察するというようなことがありますが、こういった非意識的な反応が暗黙的な反応になります。
この研究では、相手がどのような信念を持っているのかについて、暗黙的な反応を引き出すような実験を行っています。
アイトラッキングを使った視線だけの評価では捉えきれないような違いを、機能的MRIで見つけることができたので、
ヒトの本当の心を動きを見出すには、やはり流行りのアイトラッキングだけでは不十分なのかなと思ったりしました。
また、暗黙的心の理論で高い活動が示された領域には、心の読み取りに関わるミラーニューロンシステムや、
自分自身の心の内をしめすようなデフォルトモードネットワークが含まれており、
相手の信念を読み解く、感じる、というのは、ミラーニューロンシステムによってコピーした相手の挙動を
デフォルトモードネットワーク内でシミュレーションをするようなものなのかな、と思ったり、
またこういった流れは、相手の心を仮想的に自分の「こころ」システム(≒デフォルトモードネットワーク)を使って立ち上げるということで、それゆえ相手の信念を間違えてしまうこともあるのかなと思いました。
【引用文献】
Naughtin CK, Horne K, Schneider D, Venini D, York A, Dux PE. Do implicit and explicit belief processing share neural substrates?. Hum Brain Mapp. 2017;38(9):4760-4772. doi:10.1002/hbm.23700