戦争神経症とエピジェネティクス
戦争神経症という言葉は、戦闘が大規模化した第一次世界大戦の頃から使われ始めたそうですが、
戦争が終わった後もながらく神経症状に悩まされる症状になります。
現在ではPTSDの範疇で認識されているこの症状ですが、
果たして遺伝子レベルではどのような変化が生じているのでしょうか。
今回取り上げる論文は1992年から1995年まで続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争がPTSD症状とその遺伝子にどのような影響を与えたかについて調べたものになります。
対象となったのは、紛争当事16歳以上でPTSDの症状を示す747名(内、男性509名)で、遺伝子のメチル化について調べています。
遺伝子のメチル化というのは、後天的な心理的・物質的ストレスによって遺伝子に生じる変化の一つになります。
遺伝子というのは、身体を維持するために様々な物質を作り出すのですが、遺伝子のメチル化によって、そのコントロールが上手くいかなくなることがあります。
今回の研究では、男性の対象者において攻撃行動に関係するMAOA遺伝子が有意にメチル化されていることが示されています。
MAOA遺伝子というのは、気分を落ち着かせるセロトニンや、アグレッシブな気分を促すドーパミンの調整に関わっている遺伝子ですが、
ボスニア紛争を経験したPTSDの症状を示す男性では、このMAOA遺伝子のメチル化が高いことが示されており、
紛争当事のストレスによってこのような変化が生じたのではないかということが述べられています。
戦争が遺伝子を変えてしまうのであれば、戦争というのは当事者が生きている間、数十年に渡って続くのかなと思ったり、
また後天的な遺伝子変化が、次の世代にも引き継がれることを考えると、数年の紛争の影響は、数十年以上にもなりうるのかなと思いました。