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不安障害はどのように発症するのか?

私達人間は不安を感じる生き物です。

この不安というのは、それ自体は決して悪いものではなく、私達が生き残っていくために非常に重要なものではあるのですが、

この不安感情があまりに強くなってしまうと生活に支障をきたしてしまうことがあります。

こういった状態は時に不安障害とも呼ばれることがありますが、これはどのような仕組みで発症するのでしょうか?

不安障害の発症メカニズム:遺伝子×環境

不安障害の発症にはいろんな原因が考えられています。

それは先天的な遺伝的素因であったり、

あるいは環境的要因であったりするのですが、

これはどちらかが大事というわけではなくて、相互に影響し合うものであると考えられています。

つまり生まれつき、不安障害になりやすい体質の人が劣悪な環境に置かれると不安障害を発症することがありますが、

不安障害になりにくい体質の人であれば、同じ環境に置かれても不安障害になるとは限りません。

このように不安障害は、生まれつきの遺伝的素因と環境の掛け合わせで発症すると考えられています。

ではこのように遺伝的素因と環境の掛け合わせで不安障害が発症する時、身体の中では何が起こっているのでしょうか?

不安障害とエピジェネティクス

私達の有り様は遺伝によって生まれつき決まっている部分があります。

例えば鼻が高かったり、身長が高かったり、筋肉質だったりしますが、こういった部分は遺伝によって予め定められた

「固い」部分になります。

ところが遺伝には環境によって調整される「柔らかい」部分もあります。

これは不安感であれば、不安感の強弱を調整するような遺伝子のツマミのような部分で、

こういった部分は後天的な環境要因により調整されると考えられています。

このような変化はエピジェネティクスと呼ばれており、その機序には大きくは3つのものが考えられています。

一つはDNAのメチル化もしくは脱メチル化と呼ばれるもので、生まれ持った遺伝子にメチル基というものがくっついたり、離れたりする変化です。

もう一つはヒストン修飾と呼ばれるもので、遺伝子を折りたたんでパッケージングしているヒストンと呼ばれる構造が変化してしまうものになります。

さらにもう一つはマイクロRNAの変化になります。マイクロRNAは遺伝子の発現そのものを調整しているものなのですが、このマイクロRNAも環境要因によって変化することが報告されています。

引用:テルモ生命科学振興財団 第25回 | いま注目の最先端研究・技術探検! 中高生と”いのちの不思議”を考える 生命科学DOKIDOKI研究室

このように生まれつき持った遺伝子も環境によってその形と働きが変わってしまうことがあり、

不安障害の後天的な要因によって遺伝子の形が変わることで引き起こされると考えられていますが、

はたして不安障害に関わる要因というのは遺伝子と環境の2つだけなのでしょうか?

今回取り上げる論文は第三の因子について述べた総説論文になります。

Epigenetics at the crossroads between genes, environment and resilience in anxiety disorders

不安障害と時間の窓

不安障害というのは遺伝的体質(Gene)と環境(Environment)の掛け合わせ、

すなわちG×Eで決まると考えることも出来るのですが、

似たような体質、似たような環境であっても不安障害を発症する人もいればしない人もいます。これはなぜなのでしょうか?

これを説明する一つの仮説として、タイミングが大事だというものがあります。

例えば同じストレスを受けるにしても、幼児期で受けるのは不安障害に与えるインパクトが強いというものです。

特に幼児期というのは神経系が発達途上であり、様々なストレスに対して脆弱になっている時期でもあります。

このような時期に虐待や災害など強いストレスを受けると、エピジェネティクスによる変化が生じやすく、

時間をおいて思春期以降になって不安障害を発症しやすくなるのではないかと考えられています。

すなわち不安障害はG×E×T(タイミング)で発症するという考え方です。

不安障害とコーピング

このように不安障害には先天的な遺伝的要素と置かれた環境、またストレスが加わるタイミングが大事だと考えられているのですが、

これでも説明としてはまだ十分ではありません。

というのも私達はストレスに対して様々な対処法(コーピング)を取ることが出来るからです。

このコーピングは自分でできるストレス発散であったり、各種カウンセリングであったり、

あるいは外部からの援助であったりするのですが、こういった対処法があるのとないのでは、

同じ体質、同じ環境、同じタイミングでストレスを被ったとしてもその後のなりゆきが変わっていきます。

こういったコーピングも遺伝子に影響を与えることが報告されており、それゆえ不安障害の発症にはコーピングも大事であると考えられています。

すなわち不安障害はG×E×C(コーピング)を考えることが大事というものになります。

以上をまとめると以下の図のようなものになります。

私達ができることはなにか?

以上に述べたように不安障害には様々な要因が関係してきます。

それは遺伝的素因、環境要因、タイミング、コーピングであり、

環境要因やタイミング、コーピングは遺伝子のあり方を変えうることも報告されています。

こういったことを考えた時、私達にできることとは何になるのでしょうか?

一つは環境そのものに対するアプローチでしょう。

幼児が強いストレスを感じやすい環境、例えばひとり親家庭の援助には、ある程度能動的に関わっていくような社会システムがあったほうがよいでしょう。

もう一つはタイミングに対してのアプローチでしょう。子ども食堂でもないのですが、幼児期、小児期のストレスをできるだけ低減できるような社会システムがあったほうがよいでしょう。

もう一つはコーピングに対しての敷居を低くすることでしょう。コーピングに関してはエビデンスがしっかりしているものやそうでないものなど様々ですが、無償ないしは低額で提供できる社会システムがあれば、長い目で見れば社会保障費を引き下げることにもつながるのではないかと思います。

天網恢恢疎にして漏らさず、

ということばがありますが、疎にして漏らさないような使い勝手のよい社会システムがあればなと思ったりです。

【参考文献】

Schiele MA, Domschke K. Epigenetics at the crossroads between genes, environment and resilience in anxiety disorders. Genes Brain Behav. 2018;17(3):e12423. doi:10.1111/gbb.12423

【要旨】

不安障害の病因は多因子であり、生物学的要因、環境の影響、および心理的メカニズムの間の複雑な相互作用が含まれます。最近の進歩は、不安の根底にある病態メカニズムの理解を深めるために、複数の原因となる危険因子間のギャップを埋めるエピジェネティクスの役割を浮き彫りにしました。このレビューでは、不安障害の病因における推定リスクメカニズムに関する知識の現状の概要を提示し、リスク因子を緩衝するのに役立つ保護因子の役割と、エピジェネティックプロセスの役割に焦点を当て、エピジェネティック研究の有望な将来の方向性について議論します。

 

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