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ネガティブ ケイパビリティとは?

仕事をしていてじゃまになるものは色々あるが、私の場合はアマゾンの画面が非常に邪魔である。何か調べ物で必要かなと開いたら最後、リコメンドや関連書籍の海の中に溺れてしまい、平気で1時間や2時間時間を潰させてしまう。

とはいえ、仕事や趣味に生きる上でアマゾンなしでは動けない。先日リコメンド本を見ていると「ネガティブ ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」というものが出てきた。

本の中古価格はえらく高くなっている。これはコロナウイルスで先行きが見えない世相を反映しているのだろうか。

運良く、大学の図書館にあったのでこれを借りて読むことにする。

言葉自体は知っていた。

私達は普段、なかなか答えの出ない状況にいることが多い。

契約が取れるのか取れないのか、

あのヒトは振り向いてくれるのか、くれないのか、

息子は結婚してくれるのか、くれないのか、

などなど、イライラジトジトする状況にいることが白黒はっきりできるような状況よりも圧倒的に多い。

答えが出るか出ないかわからない、うまくいくかいかないかもわからない、そんな宙ぶらりんな状況の中で、

あせらず、あわてず、あきらめず、じっと時が流れる中で耐え忍ぶ能力のことを、どうもネガティブケイパビリティというらしい。

この言葉がどこから出てきたかというと、報われぬ恋に生き、病弱で夭折した天才詩人のキーツが弟に当てた手紙の中にあったらしい。

慕うあの人が振り向いてくれるかもしれない、あるいは振り向いてくれないかもしれない、

詩作の対象となるこの美しい世界の実像がわかるかもしれない、わからないかもしれない、

明日も生きていられるかもしれない、いられないかもしれない。

こういった不確実、不確定な状態であっても早急な判断を留保し、そこにとどまる能力、これをキーツはシェイクスピアから学んだともいう。

では、なぜシェイクスピアなのだろうか?

シェイクスピアの作品は、様々な人間の業をあぶり出す。

愛、傲慢、狂気、嫉妬、喜び、悲哀、

このような作品を書くためには、自我というものがあってはならない。

世界に対峙するにあたって、特定の視点を持つ自我というものを限りなく滅却することで、何人の視点にも立てるようになる。

それができるからこそ、リア王の荒い気性を書き出すこともできれば、オフィーリアの愛と苦悩も書き出すことができる。

自我を滅却することで、世界とフラットに対峙し、一体化し、描き出すことができるのではないかと。

このような内容を読んで、ふと、これは予測的符号化理論でネガティブケイパビリティを説明できるのではないかと思った。

では予測的符号化理論とはどのようなものなのだろうか。

予測的符号化理論とは?

予測的符号化理論とは、平たく言えば、私達が何かを見たり聞いたりするときは、実際それそのものを見ているのではなく、

まず予想ありきで予想に沿うような形で認知しているし、

もし予想と実際がだいぶ外れていたら、予想そのものが今度は修正されて現実に近いモデルに直されるというものだ。

予想というのは事前確率で示され、これは信念のようなものである(子どもは無邪気だ、など)。

現実というのは事後確率で示される(案外、子どもは無邪気じゃないな、など)。

そしてこの事前確率は程度と強さというものがある。

例えば、子どもは無邪気だとぼんやり信じているとしよう。こういった場合、事前確率をグラフ化するとこんな感じになる(黒線)。

そんな感じで実際にそのへんの子どもに接してみると(事後確率)、実際はこんな結果になったとする(赤線)。

結果としての認知とその後の予測はこんな感じになる(青線)。

でも、もしあなたが強力に子供の無邪気さを無邪気に強く信じているとしたら、事前確率はこんなふうで

実際は先と同じでこんなふうでも(赤線)

実際に感じるのは、こんな感じで、無邪気な事前信念にだいぶ引っ張られる形になる(青線)。

こういったメカニズムは手品で騙される現象でもそうだし、詐欺師は最初に信用を築くところから始めるということからもそうだろう。

人間、何が見えるかというのは、何をどの程度の信念の強さで予想しているかに応じる。

できるだけ、信念に反しない形でものを見るように、聞くようにしてしまうので、往々にして見間違い、聞き間違いというものが生じてしまう。

とはいえ、信念に反しないようにするためには、もう一つ別の方法がある。

信念に反しないようなものを選んで見る、聞くというものである。

アバタもエクボという言葉があるが、一度惚れあげて相手を理想化してしまうと、信念を実現するように相手の良いところだけしか見なくなってしまう。

あるいは一度、この商品は効果があると信じると、信念を実現するように効果が出るような現象だけを選択的に認知してしまうようになる。

こういったものは予測的符号化理論では能動的推論と呼ばれている。

また自分の信念に見合うようにモノをみるだけでなく、運動で言えば、一次運動野は慣れ親しんだ運動であれば、まず自分の信念ありきでトップダウン独走で運動を実行する(なのでスタスタ歩いていて道に予期せぬものがあれば転んだり、重いと思って持ち上げて軽くて腰が抜けることもある)。

これも信念が叶えられるように外界と対峙するという点で能動的推論の範疇に入れられる。

このように脳は自分の信念ができるだけ叶えられるように見たり聞いたり思ったり動いたりするのだが、

そう考えた場合、ネガティブケイパビリティと予測的符号化理論の関係とはどのようなものなのだろうか。

ネガティブケイパビリティと受動的推論、および能動的推論

ネガティブケイパビリティというのは、おそらく事前予測を限りなく広い範囲を適度な信念であたるということではないだろうか。

こういった状態であれば、良い結果が出ても、悪い結果が出ても(赤線)、

その後の認知が大きくぶれないので(青線)、

悪い結果が出ても驚き慌てふためくこともない(緑色の矢印)

(予測的符号化理論では事前確率分布と事後確率分布の差が「驚き」にあたる)

ちなみに不安感が強い人というのは事前予測の精度も高いことが知られている(なので感覚も鋭敏だ)。

こんな人であれば、悪い結果が出ると修正幅が大きくなり、結果驚き(緑色の矢印)も大きくなる。

こうならないように自分の信念に合うようにものを見るというのもあるだろうし、

あるいは結果が自分の信念に合うように、信念に見合わない行動を取る人を取り締まる行動に出ることもあるかもしれない。

いずれにしてもネガティブケイパビリティというのは、できるだけ予想の範囲をできるだけ広く、かつある程度の強さの信念で信じ続けるということで、中腰で立ち続けるようなしんどさもあるような気もする。

ここまで書いてみて翻って自分のことを考えるとどうだろう。

私がネガティブケイパビリティで対応できているのは、もうすぐ1歳の息子を寝かせつけているとくらいだろうか。

ウニャウニャムームー、眠るかもしれない、眠るかもしれない、顔を引っかかれても度重なるキックを食らっても、たぶん寝てくれるかなと信じながら、あるいは寝なかったら寝なかったでしょうがないやと半ばあきらめと似た気持ちで寝かせつける。ネガティブケイパビリティである。

子育てについてもどこか似たものがあるかもしれない。

偉くなってくれればいいし、ならなければそれはそれでよいし、そこそこ幸せになってくれればいいかななどと考えて見守る。

多分、幸せに生きるコツは、期待しないでもない、期待するでもない、期待しつつも期待しないという態度ではないだろうか。

子育て以外でもこれができれば、人生でもそこそこうまくやれるかもしれない(ネガティブ・ケイパビリティはビジネスでの成功とは相関しないかもしれない。ビジネスで成功するには、おそらく強い信念と、信念、予測を自己実現するような能力、能動的推論に基づく強いアクション力が必要だ。スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクが上手に赤児を寝かせつけるのは想像し難い。)。

世界はまごうことなく不確定な世界で、だからこそ私達の脳は白黒つけられるように進化した。

それが、認識、認知と呼ばれる能力だろう。

とはいえ、認識、認知だけだったらより犬の嗅覚のように優れた種がいくらでもいる。

ヒトが犬や猫、サル、ゴリラと違う点、優れた点があるとしたら、不確定な状況で不確定なままで耐える力ではないだろうか。

せっかくヒトとして生まれてきたからには、中腰上等、ヒトらしく振る舞いたいと思います。

※予測的符号化理論を知りたい方はこちらもどうぞ。

脳の中の聞くシステムと見るシステム:予測的符号化による情報処理

運動主体感と自己主体感のメカニズム:予測的符号化モデルから

バーチャルリアリティと主体感:予測的符号化の立場から

自閉症と統合失調症:驚きと予測的符号化の立場から

 

 

 

 

 

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