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パニック障害のエピジェネティクス

パニック障害というのは、何かを機会にしてある年齢になった時に突如として現れるもののようですが、

そのとき、私達の身体の遺伝子はどのように変化しているのでしょうか?

私達の身体は無数の細胞でできていますが、この細胞同士というのはバラバラに動いているわけではなく、身体の中でメッセージのやりとりをして、一つの大きなチームのように働いています。

このメッセージのやり取りに使われるのがセロトニンやドーパミン、サイトカインのような微小タンパク質なのですが、どの物質をどの程度作るのかというのは遺伝子によって管理されています。

パニック障害ではストレス反応に関わるHPA軸の働きが変わってしまうと考えられています。

HPA軸というのは図のように視床下部と下垂体、 副腎皮質をつないだネットワークなのですが、ストレスに応じて視床下部からホルモンが分泌され、それを受けた下垂体が別のホルモンを分泌し、さらにそれを受けた副腎皮質がさらにまた別のホルモンを分泌して体の働きを調性するような仕組みになっています。

私達の遺伝子には、このストレス反応の最初のホルモン、視床下部から放出される副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌を制御する仕組みがあります。ではこの分泌はどのように制御されているのでしょうか?

遺伝子は、長い長いアミノ酸の連なりで記された暗号文書のようなものなのですが、以下の図のように折りたたまれています。

図の右側にメチル基と呼ばれるものがついていますが、これは水道で言えば蛇口の閉め具合に相当するものになります。

水道でも蛇口を締めたり緩めたりで出てくる水の量を調整しますが、遺伝子でもメチル基がついていればいるほど、水道の蛇口を絞るかのように出来上がるホルモンの量が少なくなります。

引用:水の生活救急車「水のトラブルおまかせください」

パニック障害と甲状腺刺激ホルモン制御遺伝子の関係

今回取り上げる研究は、このストレス反応の最初の段階に関わる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンを制御する遺伝子が、パニック障害ではどのようになっているかについて調べたものです。

この研究ではパニック障害患者と健常者を対象に、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン制御遺伝子の違い、具体的に言えばメチル基がどれくらいくっついているかの違いについて調べたものです。

結果を述べるとパニック障害患者、もしくは健常者でも性格的にに不安傾向が強いものは、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン制御遺伝子のメチル基が少なかったことが示されています。

つまり水道で言えば蛇口が緩めの状態で、必要以上に副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンが分泌されてしまい、その結果HPA軸全体が過活動になりパニック障害につながるのではないかということが論じられています。

またこのメチル基の少なさについては、ストレスに対応するために遺伝子がそのあり方を変えたエピジェネティクスな変化ではないかということも論じられています。

パニック障害は、幼少期のストレスフルな出来事に遭遇した人が、長じてストレスフルな状況にさらされることで発症するとも言われますが、幼少期のストレスフルな状況というのは遺伝子のあり方を変えて刺激に過敏に反応するようにしてしまうのかなと思いました。

【要旨】

コルチコトロピン放出ホルモン受容体1(CRHR1)は、視床下部‐下垂体‐副腎系に決定的に関与しており、ストレス応答の主要な調節因子となっている。CRHR1遺伝子の変異は、不安障害を含むいくつかの精神障害と関連している。げっ歯類を用いた研究では、ストレスの多い環境に対する中等度の反応まで、CRHR1遺伝子発現のエピジェネティックな調節が実証されている。本研究では、症例対照アプローチ(N= 131患者、N= 131対照)を適用し、パニック障害におけるCRHR1プロモーターのメチル化の役割について初めて検討した。健常ボランティア(N= 255)の独立したサンプルにおいて、CRHR1メチル化と次元パニック関連中間表現型としてのBeck Anxiety Inventory (BAI)スコアとの関連性を追加的に分析した。変化したCRHR1プロモーターメチル化の機能的関連性を、ルシフェラーゼに基づくレポーター遺伝子アッセイにより検討した。パニック障害患者では、CRHR1メチル化の有意な低下が認められた(p<0.001)。したがって、BAIスコアが高い健常対照群では、CRHR1メチル化が有意に低下した。機能分析により、メチル化されたpCpGl_CRHR1レポーター遺伝子ベクターと比較して、メチル化されていない存在下での遺伝子発現の増加が明らかになった。本研究は、パニック障害および関連する次元の中間表現型におけるCRHR1低メチル化の潜在的な役割(CRHR1発現の増加をもたらす)を特定した。脱メチル化によって引き起こされるCRHR1遺伝子発現のこのアップレギュレーションは、ストレス反応とパニック障害のリスクとの間のリンクを構成する可能性がある。

【参考文献】

Schartner C, Ziegler C, Schiele MA, Kollert L, Weber H, Zwanzger P, Arolt V, Pauli P, Deckert J, Reif A, Domschke K. CRHR1 promoter hypomethylation: An epigenetic readout of panic disorder? Eur Neuropsychopharmacol. 2017 Apr;27(4):360-371. doi: 10.1016/j.euroneuro.2017.01.005. Epub 2017 Feb 21. PMID: 28233670.

 

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