フォローする
【脳科学専門ネット図書館】会員募集〜ワンコインで世界中の脳科学文献を日本語要約〜

小児脊髄損傷の心理的予後と再生治療について

生きる事の本質は苦しみから逃れようとすることだと思うのだが、この苦しみというのは難しい。

私が苦しいだろうなと思っていても本人がそうでもないこともあるし、私が苦しいでしょと接することが帰って相手を苦しませることもあるかもしれない。

今回ある縁を頂いた方から小児の脊髄損傷についてのお話を頂いた。

個人的な話ではあるが、私はためらいがある人が好きである。

お話を頂いたその方からは、果たして自分が行う治療が本質的に善なのかそうでないのかというためらいが伝わってきた。

科学というのは一刀両断で物事を語ることを本質としており、ためらいや物語とは随分距離があるかとは思うが、何かしらお役に立てればということで、いくつか論文を覗いてみた。

2021年1月現在でわかっていることについていくつかまとめてみたので興味のある人は読んでほしい。

小児脊髄損傷患者のQOL:親と子供ではどう違うのか?

小児脊髄損傷患者では、幼い時期に受傷したこともあって受傷時の状況もぼんやりとしており、障害の受容も成人とは異なる経過を示すともいう。

Oladejiら(2007)は小児脊髄損傷患者とその親を対象にQOLの調査をして、親子でどれくらいQOLの認知に差があるかを調べたている。

子供の年齢は5歳から13歳の28名(9.6±2.6歳,四肢麻痺8名、対麻痺20名)で、平均受傷歴は4.5年であった。

結果を述べると子供は親が思っているよりもより高いQOLを感じていることが報告されており、親子の間でQOLの認識に乖離があることが示されている。

その理由としては、親は健常児を基準として考えているのに対し、子供は受傷時の記憶が曖昧であるため、現在の状態を基準として捉えているからではないかと述べている。

小児の二分脊椎患者と小児脊髄損傷患者ではQOLに差があるのか?

脊髄機能の障害という意味では二分脊椎も脊髄損傷と類似した神経症状を示すことがあるが、果たして小児の二分脊椎症患者と小児の脊髄損傷患者ではQOLに違いがあるのだろうか?

Flanaganら(2013)はアメリカに住む83人の小児脊髄損傷患者(平均年齢10.6±3.8歳、対麻痺63%、四肢麻痺37%、受傷時は全員3歳以前)と54人は小児二分脊椎患者(平均年齢11.7±4.1歳、全員対麻痺症状、 64.8% の被験者はL3からL5 レベルの運動障害、87%が水頭症によるシャントあり)を対象にQOLと、不安感、抑うつ感についての調査を行い比較を行っている。

結果を述べると小児の脊髄損傷者は二分脊椎患者と比べて全体的にQOLが高く、対麻痺だけに限るとその傾向がより高くなることが示され、社会心理的な不安も少なく、より多くの社会活動に参加していることが示された。

小児の二分脊椎患者のQOLが低く、社会心理的な不安が多かった理由としては、水頭症による学習障害、実行機能障害、社会的機能の低下が関係しているのではないかとしており、

これらの問題により学校生活でのQOLの低下や社会心理的な不安が引き起こされているのではないかと論じている。

親のメンタルヘルスは小児脊髄損傷患者のQOLに影響を与えるか?

家庭というのは随分と閉じた空間であり、それゆえ親の態度というのは少なからず子供に影響を与えると思うのだが、

親のメンタルヘルスの問題というのは小児脊髄損傷患者のQOLにどのような影響を与えるのだろうか。

Sluysら(2015)はスウェーデンの小児脊髄損傷患者(中央値は13歳、全員受傷後6年)とその親を対象に子供が自分自身で評価したQOLと親が代理的に評価したQOL、また親の精神状態について評価を行い、その関係性について調査をしている。

結果を述べると、先に紹介したOladejiの結果と異なり、小児本人とQOL評価と親の代理評価QOLは一致度が高いこと、また親のメンタルヘルス状態が悪化すると小児本人のQOLも低下する傾向にあることが示された。

親のメンタルヘルス状態が悪化する原因としては障害受傷時のトラウマ(事故の記憶など)が関係している可能性があるとし、

また病院を退院した後十分なサポートが得られないことがストレスとなるため、経済的に余裕がない親である場合、メンタルヘルスの状態に良くない影響を与えるのではないかと述べている。

小児の脊髄損傷は再生治療によってどの程度改善するのか?

このように小児の脊髄損傷は子供や親のQOLに様々な影響を与えることが報告されているが、小児の脊髄損傷というのは再生治療によってどの程度の改善が見込まれるのだろうか?

Jarochaら(2014)は骨髄有核細胞の複数回の自家移植を行ったポーランドの小児脊髄損傷患者5例の経過について報告している。

症例2は7歳の時に自動車事故でTh9-Th10レベルの損傷を負い、下肢の持続的な痙性麻痺とTh12以下の感覚障害があった少年は、12歳の時を始めとして複数回自家移植治療を受けた。結果、ASIAグレードは変わらなかったものの痙性は減少し(アシュワーススケールで2から1+)、屋内外での移動機能が僅かに改善し、QOLは増加した。

症例3は6歳の時に木の枝に当たってTh3〜Th4レベルでの損傷を負い、下肢の持続的な痙性麻痺とTh3以下の感覚障害があった少年は、7歳から9歳にかけて4回の自家移植治療を受けた。結果、感覚レベルはTh12 / L1まで改善し、ASIAグレードはAからB / Cに改善し、痙性は、アシュワーススケールで2から1に減少し、QOLの改善が示された。

全体的な経過を見ると、成人でなされた同様の治療と比べて小児の治療では有意な改善が見られず、これは小児が一般に高い再生能力を持っていることを考えると、予想外であったこと、しかしながら、複数回の治療で比較的安全に改善が見込めるということが述べられている。

終わりに

あらためて苦しみとはなんだろうということを考える。

先日、記憶研究で有名なH・M氏の伝記を読んだ。

重度のてんかんの治療のために両側の側頭葉を取り除き、記憶を失ったある男性の物語である。

彼の自我が見渡せる範囲は過去60秒間と、術前の若かりし頃の記憶だけである。

それゆえ生涯常に穏やかで幸福に過ごしたとも言う。

苦しみとはなんなのだろうか。それは「過去」とのギャップや「他者」とのギャップからくるものなのだろうか。

リハビリテーションは「過去」と「他者」を基準軸として進められるが、この方法で本当に苦しみが解消されるのだろうか。

現場に入る前から考えていて、現場にいた時も考えていて、現場を離れた今もよくわからない。

正解はないのかもしれない。でもおそらくためらうことで大きな間違いは避けられるのかもしれない。

本当に人間性が問われる仕事だなと改めて思う。

参考資料

Flanagan A, Kelly EH, Vogel LC. Psychosocial outcomes of children and adolescents with early-onset spinal cord injury and those with spina bifida. Pediatr Phys Ther. 2013 Winter;25(4):452-9. doi: 10.1097/PEP.0b013e3182a5d35c. PMID: 23995670.

Jarocha D, Milczarek O, Kawecki Z, Wendrychowicz A, Kwiatkowski S, Majka M. Preliminary study of autologous bone marrow nucleated cells transplantation in children with spinal cord injury. Stem Cells Transl Med. 2014 Mar;3(3):395-404. doi: 10.5966/sctm.2013-0141. Epub 2014 Feb 3. PMID: 24493853; PMCID: PMC3952933.

Oladeji O, Johnston TE, Smith BT, Mulcahey MJ, Betz RR, Lauer RT. Quality of life in children with spinal cord injury. Pediatr Phys Ther. 2007 Winter;19(4):296-300. doi: 10.1097/PEP.0b013e31815a12ef. PMID: 18004197.

Sluys KP, Lannge M, Iselius L, Eriksson LE. Six years beyond pediatric trauma: child and parental ratings of children's health-related quality of life in relation to parental mental health. Qual Life Res. 2015 Nov;24(11):2689-99. doi: 10.1007/s11136-015-1002-y. Epub 2015 May 23. PMID: 26001639; PMCID: PMC4592698.

 

 

 

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします