なぜあなたは間違うのか?
私達人間は間違う生き物です。
生きていく上でどうしても間違うことは避けられませんが、なぜ私達は間違ってしまうのでしょうか。
間違いの原因としてはいろいろありますが、よく知られたものにヒューリスティックエラーというものがあります。
ヒューリスティックというのは、熟慮を経ない直感的な判断、思い込みによる判断になります。
これは商人が客の靴を見て懐具合を推察したり、容姿が良いと能力も優れていると判断するようなものになります。
こういった直感的な判断は当たることも多いのですが、要因が多岐にわたる場合は間違えてしまうことがあり、
これがヒューリスティックエラーと呼ばれています。
例えば、以下のような設問ではあなたはどのように答えるでしょうか?
リンダは31歳、独身で、率直に意見を言い、非常に聡明である。大学では哲学を専攻した。学生時代、彼女は、人種差別や社会正義の問題に強く関心をもち、反核デモに参加していた。次の2つのうち、どちらの可能性が高いだろうか。
A:銀行の出納係をしている。
B:銀行の出納係であり、女性解放運動もしている。
これは、直感的にはBのような気がしますが、確率論的に考えれば、Bである確率は、銀行の出納係をしている確率と、女性解放運動をしている確率の掛け合わせになるので、可能性が高いのはAになります。
では、もう一つ考えてみましょう。
ある街のタクシーの色は2種類で、その割合は、青が15%、緑が85%だそうです。ある晩、タクシーによるひき逃げ事件が起きました。目撃者の証言によると、ひいたのは青タクシーとのことです。
ところが、現場は暗かったこともあり、目撃者は色を間違える可能性があります。そこで、この目撃者の証言がどれぐらい正確かを同様の状況下でテストしたところ、正しく色を判別できるのは80%、20%は逆の色を答えることが分かりました。
さて、目撃者の証言通り、青タクシーが犯人である確率はどれぐらいだと思いますか。
( ) %
これもほとんどの人は、80%前後で回答してしまうようなのですが、これを実際に確率計算してみると
- 青タクシー(15%)に対して正しく青(80%)と証言する確律:12%(0.15×0.8)
- 緑タクシー(85%)に対して誤って青(20%)と証言する確率:17%(0.85×0.2)
となり、青タクシーが犯人である確率は、41%( 0.12 /(0.12+0.17))になります。
このように、私達の直感的な判断はあまりあてにはなりませんが、これはどのように修正されていくのでしょうか。
信念の更新
私達は直感的に判断し、それはしばしば間違いに繋がりますが、幸い私達は自分の信念を変える能力も持っています。
では、信念というのはどのような形で変えられるのでしょうか。
例えば、あなたが子供とキャッチボールをしているとしましょう。
おそらくあなたが子供が球を投げる前にどのくらいの速さかを予測して構えるはずです。
そんなに速くはないだろうと思って構えていると(図の事前分布(黒))、実際はずっと速かったとしましょう(図の感覚信号(赤))。
はっと驚いたあなたはきっと次の予想を、黒と赤の間を取って青色に変更します(図の右向き矢印)。
とはいえ、世の中には色んな人がいます。
子供の球がいくら速くても、こんなのはまぐれだと言って考え方を変えない頭の固い人もいるでしょうし、
子供がたまたま投げた速い球を見て、うちの子は天才だと思う人もいるでしょう。
これを先に述べたタクシーの問題に置き換えれば、
事前の情報(タクシーの15%は青色で、85%は緑色)という情報にオーバーウェイトするタイプの人と、
事後の情報(目撃者が正しく色を判別できるのは80%)という情報にオーバーウェイトするタイプの人がいて、
前者は保守的、後者は革新的と捉えることも出来ます。
ではこういった傾向を調べるためにはどのようにすればよいのでしょうか。
脳波を使った保守・革新判別実験
今回取り上げる研究では、脳波を使って、どんな人が事前情報に引っ張られるのか、またどんな人が事後情報に引っ張られるのかについて調べたものになります。
これは言い換えれば、どんな脳波の人が保守的で、どんな脳波の人が革新的かを調べるようなものになります。
以下、簡単に研究の概要を説明します。
簡略版説明
・事前情報と事後情報の掛け合わせで確率を判断するような課題を行わせた。
・これは事前情報にオーバーウェイトする人と事後情報にオーバーウェイトをする人を判別するためである。
・事後情報を提示した後、被験者に二つの選択肢のうち、どちらのほうが可能性が高いかを判断させた。
・その判断は左右いずれかの手を使って回答するように指示された。
・その時の脳波を測定して、被験者の思い込み(事前情報オーバーウェイト)と矛盾・葛藤感情の少なさ(事後情報オーバーウェイト)を調べた。
・結果、事前情報にオーバーウェイトする人は、事後情報が示される前に、事前情報だけで判断するような脳波が見られていた。
・また、事後情報にオーバーウェイトする人は、事後情報が示された時に、矛盾や葛藤が少ないことを示す脳波が見られた。
詳細説明(基礎知識のある方向け)
【対象】
19~34歳の男女25名(女性12名)
【方法】
1)実験の流れ
・被験者に上記の順序で視覚刺激を提示する。
・「事前」では左右に並べられた白と黒のボール列を提示する。ボールの数は左側が常に白3個、黒1個であり、右側は常に白2個、黒2個である。
・また「事前」では、左右のどちらのボール列が選択されるかの確率も同時に提示される。上図では、左側のボール列が選ばれる確率は25%、右側のボール列が選ばれる確率は75%であることを示している。
・「事後」では、上記の確率で選択されたボール列のボールも使って、新たに選択されたボール列が提示される。
・被験者は、その新たに提示されたボール列が、「事前」の左右のボール列のいずれかであるかを左手、もしくは右手を動かして回答する。
【測定と解析】
・脳波計を用いて脳波を測定
・指標として用いたのは、事象関連電位のN2(矛盾の感知に関わる脳波指標)とLRP(偏側性準備電位:運動意図に関わる脳波指標)
【結果】
・事前情報にバイアスがかかった判断をしたものは、事後情報が提示される前にバイアスのかかった判断をしていることが示された(事後情報が示される前に事前情報だけで手を動かして回答しようとする反応が見られた。(偏側準備電位に有意差が見られた)
・事後情報にバイアスがかかった判断をしたものは、事後情報が示された後に、矛盾を感知するような反応が少なかった(N2に有意差が見られた)
【考察】
・事前情報と事後情報のいずれかへのオーバーウェイトは、刺激提示後の極めて短い時間の脳波の反応に示されうる。
・特に事前情報にオーバーウェイトをする人は事後情報が示される前にすでに意思決定している反応が示されている。
・行動実験だけでなく、神経生理学的研究であっても、意思決定行動の本質を探ることが可能であると考える。
私的考察
内容は少し込み入ってはいますが、簡単な意思決定課題であっても、脳波測定で保守か革新かを判断できることになることになります。
とくに保守的な人は事後情報が提示される前にすでに答えを決めていることがしめされており、これは後出しジャンケンならぬ先出しジャンケンかなと思いました。
信念の更新で説明したように、今までの信念と新しい出来事の掛け合わせで、新しく信念が更新されていくのですが、
新たな情報を取り込むことが苦手な人は、なかなか今いる事前分布の信念から動こうとしません(どちらかというと私も事前分布だけで判断してしまう癖があります)。
こういった人たちの信念を動かすには、ちょっとやそっとの出来事では難しく、よほどの出来事がないと変わり得ないのかなと思ったり、
あるいは熱心なキリスト教迫害者から盲目を経てキリスト教信者になったパウロの逸話でもないのですが、
信念が変わったとしても、信念の強固さそのものというのは、良くも悪くも変えがたいのかもしれません。
信念でもって人生が進み歴史が進んでいきますが、信念というのは扱いが難しいなと思いました。
【参考文献】
Achtziger A, Alós-Ferrer C, Hügelschäfer S, Steinhauser M. The neural basis of belief updating and rational decision making. Soc Cogn Affect Neurosci. 2014;9(1):55-62. doi:10.1093/scan/nss099