裁く脳はどこにあるのか?
ネットを開けば日々、様々な犯罪がニュースとなって飛び込みますが、果たして罪とは一体どのようなものなのでしょうか。
殺人罪を例に取ってみれば、そこには殺意の有無が問題になるようです。
引用:脳科学メディア:精神鑑定の脳科学
今回取り上げる論文は、私達の脳のどの部分が「殺意」を認識し、どの部分が「罪」を認識しているかについて調べたものです。
The neural basis of belief encoding and integration in moral judgment(信念の符号化と道徳的判断における統合の神経基盤)
研究内容
対象
ハーバード大学の学生17名(女性6名、18-22歳)
課題
指示内容:一連のストーリーを読んで、主人公の行為が許容されるかどうかを判定する。
使用刺激:4段階のスライドでストーリーが示される.2段階目の内容と3段階目の内容は、順序が逆転したものも提示される。
また2,3,4段階目はネガティブと中立的な情報のいずれかが無作為に提示される。
1段回目は背景を示すもの、2段階目(もしくは3段階目)は事件の伏線、3段階目は主人公の意図、4段階目は結果。
詳しくは下図参照
刺激提示時間/回数:6つのストーリーを8パターン(伏線2パターン×信念2パターン×結果2パターン、全体で5.6分)で提示
一組のストーリー(8パターン)は5.6分で提示された。
実験条件:信念先行提示 vs.予兆先行提示
データ分析:fMRIによる全脳分析および関心領域分析
関心領域は右側頭頭頂接合部、左側頭頭頂接合部、楔前部、背内側前頭前野、腹内側前頭前野を用いた。
結果
・主人公の信念を読み込む場面では、左右の側頭頭頂接合部と背内側および腹内側前頭前野の活動が変化した。
・右側頭頭頂接合部が信念の読み込みと、罪の判定(行為の許容度)の両方に関わり活動が変化した。
考察
・一般に私達人間は他者の意図を推測する能力がある。これは心の理論と呼ばれる。
・また、心の理論には、側頭頭頂接合部や内側前頭前野、楔前部が関わることが報告されている。
・1)それが意図的に行われたのか、という視点と、2)悪い結果が起こったのか、という視点の二つの情報を統合することで、それが罪かどうかという認識がなされる。
・今回の実験結果からは、意図の認識に関わる領域と、罪の認識に関わる領域は一部重複するが異なるメカニズムであることが示唆された。
・罪の認識におけるプロセスは、意図の認識過程と罪自体の認識過程の2つに分けられうることが考えられた。
私的考察
罪が何かというのは非常に難しく日常生活でも悩むことがあります。
子供を育てていると、しばしば牛乳の入ったコップをひっくり返されたり、壁紙に落書きされたりで叱りつけたくなることもあります(し、大概は叱りつけてしまいます)。
とはいえ、罪というのは、そこに悪意があるかどうかが最も大事であって、結果だけでなく、意図そのものを考える必要があります。
この研究では、サスペンスになりそうなストーリーをいくつかのパターンで提示して、その時の脳の反応を調べています。
これは具体的には
・白い粉は毒だった(or 砂糖だった)。花子は毒と知っていて、太郎のコーヒーに白い粉を入れた。太郎は死んだ
・白い粉は毒だった(or 砂糖だった)。花子は毒と知らないで、太郎のコーヒーに白い粉を入れた。太郎は死んだ。
・白い粉は毒だった(or 砂糖だった)。花子は毒と知っていて、太郎のコーヒーに白い粉を入れた。太郎はなんともなかった。
・白い粉は毒だった(or 砂糖だった)。花子は毒と知らないで、太郎のコーヒーに白い粉を入れた。太郎はなんともなかった。
の8パターンなのですが、こういったいずれのパターンも日常生活や医療現場、ビジネスシーンでよく起こることではあります。
この研究では、花子の意図を推察する場面や花子を断罪する場面で脳活動を見ているのですが、意図の推察と断罪では異なる仕組みで動いていること、
また右側頭頭頂接合部と呼ばれる領域が、意図の推察と断罪の両方に関わっていることが示されています。
ちなみに右側頭頭頂接合部は、自分が自分であるという主体感とも関係する場所であり、この領域に刺激を加えることで体外離脱現象が引き起こされることも報告されています。
この結果からは、なんとも言えないのですが、誰かを裁くというのは、極めて一人称的で主体的な行為なのかなと思ったり、
それゆえ、客観性が担保されるように、法制度が発達したのかなと思いました。
難しいです。
【参考文献】
Young L, Saxe R. The neural basis of belief encoding and integration in moral judgment. Neuroimage. 2008;40(4):1912-1920. doi:10.1016/j.neuroimage.2008.01.057