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失敗脳:健常者が抱える楽観バイアス

私達は愚かな生き物です。

ドン・キホーテよろしく楽観的に巨大な敵に突っ込んでいっては、痛い目にあうまでものを覚えられない愚かな生き物です。

往々にして私達は未来を楽観的に捉えては、失敗し、またチャレンジし続けるという可愛らしい生き物ですが、

なぜ私達は未来を的確に予想することができないのでしょうか?

今回取り上げる論文は、健常者とうつ病患者の信念更新能力について検討したものです。

信念更新能力というのも聞き慣れない言葉ですが、これは信念(予想)と現実が違ったときに、どれだけ信念を変更できるかという能力になります。

例えば自分は車の運転が得意だという信念を持っている人がいたとしましょう。

こういった人が自動車事故を起こした時に、「自分は思っていたほど運転が上手ではない」と信念を更新できれば、これは信念更新能力が高いことになります。

しかし「自動車の設計ミスだ」と捉えてしまうならば、これは信念更新能力が低いということになります。

今回取り上げる論文は、この信念更新能力が健常者とうつ病患者でどの程度違うのか、またその違いに関わる脳領域はどこかについて調べています。

被験者

・被検者は18歳から65歳までの30名(うち、15名は健常者、15名はうつ病患者)

実験の流れ

A:ネガティブ条件(BAD NEWS条件)

①被験者に人生で遭遇しうる様々なネガティブなイベント(発生確率は一般に10ー70%のものを80件)を提示した(「離婚」など)。

②その後、離婚が起こる確率はどれくらいですか?との質問を提示した。

③被験者に、その確率を推測させて回答させた(20%、など)。

④その後、正しい確率を提示した(33%など)。

⑤上記の手順を終えた後、再度、順序をランダムに入れ替えて確率を推測させた(離婚する確率は25%、など)

⑥1回目の回答の推測誤差(33%-20%=13%)と2回目の回答の推測誤差(33%-25%=8%)の差を信念の更新として求めた。

B:ポジティブ条件(GOOD NEWS条件)

順序は基本的に一緒だが、②の内容を起こらない確率についての質問に変更した(離婚しない確率は?、など)。

脳画像解析

・上記実験中の脳活動についてfMRIを用いて測定を行った。

・実験中のポジティブ条件(GOOD NEWS条件)とネガティブ条件(BAD NEWS条件)、および健常者とうつ病患者のBOLD信号(脳活動を反映する指標)について比較した。

結果

・うつ病患者は、GOOD NEWS条件もBAD NEWS条件も同じ程度信念を更新することができていた。

健常者は、GOOD NEWS条件と比較して、BAD NEWS条件の更新が有意に少なかった。

・ポジティブ条件の信念更新に関わる脳領域として、左下前頭回と両側上前頭回が示された。

・ネガティブ条件の信念更新に関わる領域として、右下頭頂葉と右下前頭回が示された。

健常者のネガティブ条件の信念更新の小ささは、右下頭頂葉の活動に低さとして示された。

A:下前頭回、B:上前頭回、C:下頭頂葉

考察

・うつ病患者においては、ポジティブな情報に対しても、ネガティブな情報に対しても、同じように信念の更新が行われることが示された。

・うつ病患者のネガティブな情報に対する信念の更新は、右下前頭回の活動と逆相関を示した。

・右下前頭回はドーパミンの影響を受け活動すると考えられている。

・また健常者を対象にした実験では、ドーパミンの投与で楽観バイアスが強まることが報告されている。

うつ病患者はドーパミン系の活動が抑制されているため、右下前頭回の活動が低下し、ネガティブ情報に対する楽観バイアスが起こりにくいことも考えられた。

私的考察

この結果を見る限り、私達の脳は何かしらの欠陥を抱えているように思えますが、これはなぜなのでしょうか?

これは集団レベルのメリットと個人レベルのデメリットで説明できるような気がします。

私達は往々にして楽観バイアスの罠に突き動かされて、リスクを低く見積もって冒険の旅に出ます。

冒険のメリットは利得の大きさ、一攫千金にあります。

つまり99回失敗しても1回成功すれば、元をあまり余って取り返せるのが冒険の醍醐味です。

しかし、命も時間も有限ですので、何度も冒険できるわけではありません。そう考えれば、楽観バイアスに突き動かされて冒険するのは理にかなっていないような気がします。

では、なぜ人類の進化の歴史の中で楽観バイアスが生き残ってきたのでしょうか?

これは個体レベルでは、楽観バイアスでゲームオーバーになることがあっても、集団レベルでは楽観バイアスから得られるメリットのほうが多いからではないでしょうか。

仮に100人が失敗しても、1人が成功すれば、その成功一つで、集団は大きな利得を得ることができます。

新大陸の発見にしても、技術革新にしても、研究にしても、個人が死屍累々の屍の上を突き進むことで、社会全体は大きな利益を得ることができます。

楽観バイアスに見られるような不合理な脳の設定も、集団レベルで見れば生存戦略として理にかなっているのかなと思いました。

敗者には石を投げるのではなく、花を捧げるべきなのかなと思ったり、

それができないのであれば、せめて石を投げるのは避けたほうがいいのかなと思ったりです。

【参考文献】

Garrett N, Sharot T, Faulkner P, Korn CW, Roiser JP, Dolan RJ. Losing the rose tinted glasses: neural substrates of unbiased belief updating in depression. Front Hum Neurosci. 2014;8:639. Published 2014 Aug 28. doi:10.3389/fnhum.2014.00639

 

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