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パニック障害とMAOA遺伝子

パニック障害を始めとする精神疾患は、人生のどこかの局面で発症するものですが、

その発症機序には遺伝と環境の両方が関わっていると考えられています。

この遺伝と環境というのは別々の因子ではなく、環境によって遺伝子が後天的に変わることがあり、これはエピジェネティクスと呼ばれています。

遺伝子は身体がうまく機能するようにセロトニンや白血球など様々な生理活性物質を作っているのですが、

様々な環境要因で、この遺伝子の特定の部分にメチル基と呼ばれる物質がくっついたり(メチル化:遺伝子の力を弱める)、離れたりして(脱メチル化:遺伝子の力を強める)遺伝子の効力が変わってきます。

よく知られているのは過酷な体験を通して遺伝子が変わるというものなのですが、これはその逆の流れ、例えば何らかの治療によって遺伝子が「正常化」するようなことはあるのでしょうか。

今回取り上げるのは、パニック障害に対する認知行動療法とMAOA遺伝子の変化について調べたものです。

パニック障害の発症機序にはセロトニンが十分機能していないことも考えられているのですが、

MAOA(モノアミン酸化酵素A)は、セロトニンを分解する働きがある酵素になります。

この研究ではパニック障害患者のMAOA遺伝子の状態や、認知行動療法の前後でのMAOA遺伝子の変化について調べています。

対象となったのは、パニック障害の診断がなされた女性48名で、数週間に渡って6回の認知行動療法を受け、その前後でのMAOA遺伝子の変化について調べています。

結果を述べると、治療前の段階ではパニック障害が重いものほど、MAOA遺伝子が低メチル化していること、

また認知行動療法を行ったあとで、効果があるものを調べてみるとMAOA遺伝子の幾つかの領域でメチル化が進んでいたことが示されています。

MAOA遺伝子のメチル基が少なくなる脱メチル化は、MAOA遺伝子の効力を高める方に働きますので、セロトニンがどんどん分解される方へ変化するということになり、

また認知行動療法によって見られたメチル化では、セロトニンを分解する力が弱まる方へ向かうので、結果として体内のセロトニンは過剰に分解されることなく有効に使われるということになります。

認知行動療法により、遺伝子が可逆的に変化するということもあるのかなと思ったり、

あるいは治療者というのは患者の遺伝子を変えうる一つの環境なのかなと思ったりしました。

【要旨】

モノアミンオキシダーゼA(MAOA)遺伝子のメチル化などの後成的特徴は、パニック障害(PD)で変化することがわかっています。恐怖消去の成功のメカニズムとしてエピジェネティックプロセスの時間的可塑性を仮定し、現在の心理療法-エピジェネティック研究では、PDにおける曝露ベースの認知行動療法(CBT)の過程でMAOAメチル化の変化を初めて調査したと考えています。MAOAのメチル化は、血球から抽出された亜硫酸水素ナトリウムで処理されたDNAの直接配列決定により、N = 28の女性白人PD患者(第一のサンプル)とN = 28の年齢および性別が一致する健康な対照との間で比較されました。MAOAのメチル化は、ベースライン(T0)と、健康な対照の待機時間と並行した発見サンプルの6週間のCBT(T1)の後にさらに分析されました。同様に女性PD患者の独立した第二のサンプル(N = 20)についても3週間のCBTの後に分析を行いました。PD患者は健康な対照よりも低いMAOAメチル化を示し(P <0.001)、ベースラインPDの重症度はMAOAメチル化と負の相関がありました(P = 0.01)。発見サンプルでは、​​MAOAのメチル化はCBT反応(パニック発作の数; T0-T1:+ 3.37±2.17%)とともに健康な対照のレベルまで増加しましたが、非反応者はメチル化がさらに減少しました(-2.00±1.28%)。 ; P = 0.001)。第二のサンプルでは、​​MAOAメチル化の増加は、CBT後の広場恐怖症の症状の軽減と相関していました(P = 0.02-0.03)。現在の結果は、PDリスクマーカーとしてのMAOA低メチル化の以前の証拠を支持し、CBTに対する反応の潜在的な後成的相関としてのMAOA低メチル化の可逆性を示唆しています。

【参考文献】

Ziegler, C et al. “MAOA gene hypomethylation in panic disorder-reversibility of an epigenetic risk pattern by psychotherapy.” Translational psychiatry vol. 6,4 e773. 5 Apr. 2016, doi:10.1038/tp.2016.41

 

 

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