パニック障害とエピジェネティクス薬
パニック障害というのはある日、花粉症が突然始まるように、人生のどこかでスイッチが入ってしまう病気のようですが、
これには遺伝子の変化が関係していると言われています。
私達の遺伝子は頑強で、そっとやちょっとのことではその基幹部分は大きく変わりませんが、
基幹部分を支える部分というのは比較的変わりやすく、
精神的なストレスや物質的なストレスで形を変えることが知られています。
遺伝子というのは、身体の材料になる様々なタンパク質を作るのですが(インシュリンやセロトニン、その他もろもろ)
こういったタンパク質をどれだけ作るかを調整する部分があり、そういった部分が変わってしまうと
必要なときに必要な分だけ作られなくなったり、あるいはそこまで作らなくてもいいのに作りすぎてしまって支障をきたすことがあります。
こういったタンパク質の量を調整する仕組みが後天的に変わってしまうことはエピジェネティクスと呼ばれており、
パニック障害患者では、遺伝子の塩基にメチル基がくっついたり(メチル化)、離れたり(脱メチル化)、
あるいは遺伝子の長い鎖がぐるぐるとまとめられたヒストンと呼ばれる部分が緩んだりすることで、
遺伝子が作り出すタンパク質の量が変わってくると考えられています。
パニック障害に対するエピジェネティクス薬
このように遺伝子の働きを調整する仕組みが変わってしまうことでパニック障害が発症すると考えられているのですが、
ではこういった調整部分を変えれば、パニック障害に何らかの効果をもたらすことが出来るのでしょうか・
こういった研究はまだ動物実験の段階ではあるのですが、何らかの効果があるのではないかと考えられています。
具体的には、上に上げたヒストンの緩みを調整する薬があり、これは抗腫瘍薬や抗てんかん薬として使われているのですが、
不安障害やその一種であるパニック障害にも効果があるのではないかということが、動物を使った実験で現在検証されているようです。
人の体には可塑性と呼ばれるものがあり、
これはプラスチックのように状況に応じて、その有り様を柔軟に変えていく性質なのですが、
可塑性(変わりやすさ)の可塑性(変わりやすさ)を調整するメタ可塑性のような機能があり、
その部分の働きを変えることで、不安障害の治療に役立てようというコンセプトのようです。
うまい形で実用化されるとよいなと思いました。
【参考文献】
Peedicayil J. The Potential Role of Epigenetic Drugs in the Treatment of Anxiety Disorders. Neuropsychiatr Dis Treat. 2020 Mar 2;16:597-606. doi: 10.2147/NDT.S242040. PMID: 32184601; PMCID: PMC7060022.
【要旨】
遺伝子発現のエピジェネティックなメカニズムの異常が不安障害(AD)の病因に寄与するという証拠が増えています。この論文では、ADの病因における遺伝子発現のエピジェネティックなメカニズムの役割について説明します。また、ADを治療するためのエピジェネティック薬の使用に関する前臨床および臨床試験からこれまでに得られたデータについても説明します。ADを治療するためのエピジェネティック薬の使用を調査しているほとんどの薬物試験では、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤(HDACi)が使用されています。HDACiは、ADを治療するための前臨床および臨床薬物試験の両方で好ましい結果を示しています。しかし、現時点では、ADにおけるHDACiの作用機序は明確ではありません。エピジェネティックな調節不全がADの病因にどのように寄与するかを解明するには、さらに多くの作業を行う必要があります。