「模倣における複数経路による調整方略の神経心理学的エビデンス」
日本の茶道から西洋のテーブルマナーまで世界にはいろんなしきたりがありますがこれを覚えるのは容易ではありません。
しかしながらなぜしきたりというのは覚えるのが大変なのでしょうか。
理由はいろいろあると思うのですが、初めてとりかかる部外者にとっては、その一つ一つの所作がどんな意味を持つのか分からないというのもあるでしょう。
なぜ茶碗を回すのは2回ではなくて3回なのか、なぜ左からではなくて右からなのか、こういった所作は初心者にとっては全くの無意味動作であり、それゆえこれを覚えるというのは大変なのではないかと思います。
今日取り上げる論文は模倣のメカニズムについて脳卒中患者を対象に研究を行ったものです。
脳卒中になるといろんな障害が起こるのですが、その中の一つに模倣障害というようなものがあります。
通常ヒトは相手の動作を見てそれを真似することができるのですが、脳卒中になると時にそれが難しくなることがあります。
この論文によると模倣というのは2種類に分けて考えることができるそうです。
一つは意味のある動作の模倣で、これはつまり櫛で髪をとかしたり、敬礼をしたりといった動作のモノマネです。
もう一つは無意味動作のモノマネでこれは右手を直角に上げ手首を反らして人差し指だけ曲げるというような動作のモノマネです。
この論文によるとヒトはモノマネに際してこの有意味動作と無意味動作で脳の中で違う経路で情報を処理していること、またこの処理には脳の中のいろいろな部分が関わっていることが述べられています。
【要旨】
先行研究から模倣を行う二つの経路が示されている。一つは慣れ親しんだジェスチャーを模倣するときの意味処理に関わる間接的な経路、もうひとつは新奇なジェスチャーを模倣するときの前-意味的で直接的な経路である。今回この二つの経路の存在を確かめる目的で左半球損傷患者と右半球損傷患者を対象に模倣実験を行った。実験では有意味動作と無意味動作がそれぞれ20例ずつ、無作為な順序で混ぜあわせられて提示し、模倣することを求められた。その後別の日に、それぞれ有意味動作と無意味動作のそれぞれが別々に分けられて提示され、同じく模倣することを求められた。実験前の仮説では、無作為な順序で有意味動作も無意味動作も混ぜあわせられた実験では、被験者はいずれの場合も一貫して直接的な経路で情報を認知することが考えられた。それに対し、別々のまとまりで提示するブロックデザインによる方法では有意味動作は関節経路、無意味動作は直接経路でそれぞれ情報を処理することが考えられた。結果は予想通りで混ぜあわせられた課題では32名の被験者全員に有意味動作と無意味動作の模倣の乖離は見られなかったが、ブロックデザインによる課題では8名の患者に乖離が見られた。さらにこの内2名においては典型的な有意味動作と無意味動作の間での解離が認められた。このような結果から、私たちは無意味動作の理解が優れているような場合は意味処理に関わる関節経路が損傷されていて、逆に有意味動作の理解が優れているような場合は前-意味的な直接経路が損傷されているのではないかと考えた。乖離を示した6名の左半球損傷患者では上側頭回と角回が損傷されており、同じく乖離を示した2名の右半球損傷患者では淡蒼球と被殻に損傷が見られていた。これらの損傷状態は過去に発表された神経心理学的研究の結果と一致したものとなった。
参考URL: Neuropsychological evidence for a strategic control of multiple routes in imitation.
補足コメント
つまり2種類の模倣に際しては意味処理ルートを通るかどうかの違いがあるようです。
さらにそれだけでなく脳の深い部分にある被殻や海馬といったものも模倣に大きく関係するそうで、単純に左半球損傷うんぬんで捉えられないのではないかということが述べられています。