
「統語的理解に関わる脳の回路」
他の動物が持ってなくてヒトが持っている得意技の一つに「言葉を使う」というものがあります。
何かしら外国語を勉強した人だったらわかると思うのですが、この言葉というのは単語を覚えればそれで済むというものではありません。文法にしろ言葉の組み合わせにしろ正しい組み方があり、そこから外れたものは言葉としてうまく機能しないということがあるのではないかと思います。
これは「雪が降る」という言葉は何の問題もないけど「雪を積もる」ではなんかおかしいし、「雪が殴る」となると詩的だけど意味的になんだか変だし、「が降る雪」となると文法的に破綻して意味すら成さなくなる。
こんなふうに言葉をうまく使うためには単語を知っていればいいというわけではなく、単語の並べ方も知っていなければいけないし、うまく意味が通るような単語同士をうまく組み合わせえて並べなければいけない、そんなことがあるのではないかと思います。
言葉の持つこういった性質を言語学では統語論というようなのですが、今日取り上げる論文は脳の中でこの統語的な理解がどのようになされているかについて調べたものです。
過去の研究をいろいろ調べると、この統語的な機能というのは脳のどこかに専門的な場所があるわけではなく、脳のいろんなところが関わっていることが示されています。
ポイント
・本稿では過去に行われた研究を振り返り統語的な処理に関わる神経活動について明らかにすることを試みた。
・結果統語的処理に際しては単一の領域が関わるのではなく、ブローカ野の他に側頭葉の前部、中部、上部領域が含まれることが示された。
・これらの領域はまたいずれも統語に特化された領域ではなかったことが示された。
参考URL :The brain circuitry of syntactic comprehension.
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コメント
この統語というのはつまりは言葉を正しく並べる機能というふうに理解しているのだけれども
これは子供のブロック遊びとなんか関係しないのかなと妄想したり(根拠になるような研究はみたことがないのですが)
言葉をそうあるべき姿に組み上げるのも、積み木やブロックを意味あるカタチに組み上げるのも対象は違ってもどこか同じような仕組みになっているような気がして
そんなことを考えました。