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コタール症候群とはなにか?

今日取り上げる論文は、コタール症候群に関する症例報告です。

コタール症候群とは、自分はすでに死んでいる、あるいは自分の内臓は全部なくなってしまったと信じてしまう症状を示すものらしいです。

この論文では広範な右半球梗塞により半側空間無視、注意障害、離人感、重篤な見当識障害を示し、その後、自分はもう死んでいると信じるに至った症例が報告されています。

自分が自分として生きているという感じというのは、自分の身の回りのことを馴染みのあるものとして感じる力や、自分の体を自分のものとして感じられる力と関連しているのでは、またこの力は右半球と関連しているのではないかということが述べられています。
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【要旨】

「右半球の機能不全とコタール症候群との関連性が指摘さているが、具体的にどのような機能障害に由来するものかは明らかになっていない。本稿では右半球損傷で死の妄想を持つに至った症例について報告を行う。本症例は前頭葉、側頭葉、頭頂葉、視床を含む右半球梗塞の後、自分は死んでいると信じるに至った。この死の妄想は、離人感/現実喪失感と人々や場所に関する妄想と関連するものであった。神経心理学的検査では左半側空間無視と全般的な注意能力の低下を認めた。身体所有感と表情認知機能は保たれていた。本症例では妄想的な誤認症候群に見られる親近感の異常が死の妄想の生成に大きく関与したと考えられた。これを事実とすれば、人々や場所を所与のものとして感じる過程と自分が生きていると感じる過程は部分的に重複する部分があり、またこの過程は右半球によって支えられていることが考えられた。」

参考URL:Delusions of Death in a Patient with Right Hemisphere Infarction

コメント

自分が自分である感じ、というのは当たり前すぎて疑問にも思わないのですが、よくよく考えると不思議な事です。

自分の身体が自分のものである、この馴染みのある体、という感じが自分が自分であるという感覚の下支えになっているというところを読み、

昔教科書で読んだ、虎に変身してしまう自分を嘆いた中島敦の『山月記』、あるいは或る朝起きると虫に変身してしまっていたというフランツ・カフカの『変身』を思い出したのですが

目に見えない自分の心というものが、具象的で生々しい身体性というものに支えられているのだなあとあらためて考えたりしました。

経過の長い片麻痺の患者さんのリハをしていて

上がらない足関節が、ほんのちょっとだけつま先をあげられるようになって

かといって、歩き方は全然変わる程でもないのだけれども、

それでも患者さんは動いた動いたと大喜びをしていて

やっぱり自分が自分である感じというのは自分の身体性に支えられているのかなと思ったり

それなんの意味があるの、それでADLの何が変わるの、と言われても

機能のために機能を上げることには、患者から見れば、また別の文脈で何かしら大事な意味があるのかなと思いました。

何が正しくて、何が良いことなのかを考えることは、難しいです。

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